おとともじについて

おとともじについてかんじたことをもじであらわしています。

陽の訪れを待ちながら

草も木も眠りに沈み、暫く。

わたくしは、炭酸水みたいに、ぴちぴちと弾けた爽やかな心持ち。

どす黒の慾望が、
『お前を汚してやる』
と、言う。

それは愚かな不完全さだ。

優位に在るものは劣位に在るものを支配する。
位の優劣は、外界の神が定めたものではない。
それを定めたのは、おまえ自身、だ。

高潔さは浮かび上がり、
愚劣さは沈む。

ずぶ、ずぶ、ずぶ。
腐った底なし沼だ。

わたくしは、わたくしの心が不潔になっては生きる意味がない、と、いまだ少女のような心持ちで思うのだ。
一切の不浄を、一点の濁りをも赦さぬ潔癖の処女のような残忍さでもって。

それだからこそ、
あなたに、
心まで、
いだかれてしまいたい。

おんなであることによって辱しめを受けなければならないのなら、
おんなであることによってしか知ることのできない悦びを知りたい。

わたくしのその悦びは、わたくし自身によって完結することはできない。

わたくしは、
ただ、
待っている。
英国式の庭園で。
陽の訪れを待ちながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

(2016)